2011年12月29日〜31日
冬山・木曽駒ケ岳(中央アルプス)
メンバー:OM・TH


今回の冬山は、過去に何度も行ったことのあるコースではあるが、年内に終了してしまう山行でもあって、トレースが残っているかどうかが、心配であった。
トレースが残っているかどうかで、コースタイムがかなり異なるからである。
積雪の度合いにもよりますが、無雪期のそれと比較して、積雪期だとトレースがあれば1.5倍の時間がかかるところが、トレースがなければ2倍以上の時間がかかることが普通である。
今回の山行では、ほとんどトレースが無く、非常に時間がかかり、しんどい思いをした。
歳のせいかもしれないとも思ったが、それはやっぱり言い訳で普段のトレーニング不足のせいである。
それと本来であれば、S氏とHさんも来て4人で行く予定であったものが、2人になってしまったのも荷物の増えた原因にもなっている。
行く前のアイゼンワークでは、4人でやっていたものが体調不良(足の故障)、親の体調不良が重なり、人数が減ってしまったのだ。
これはどちらかというと、各人の年齢によるものと考えてもいいだろう。
そんなこんなで、車で行くことを変更してJRを使用することとし、上松駅からタクシーで上松Aコースの登山口へ行くことにした。
JRの時間を調べてみると9時台に到着する列車の後は12時55分まで無いではないか。
若い頃にはもっとあったはずであったが、大阪を朝早く出発するのはしんどいので12時55分到着で計画をした。
これは結果として誤りだったと思う。
というのも3時間から遅くとも4時間かかれば金懸小屋((かねかけこや:避難小屋)まで到着すると思っていたのが4時間20分ぐらいかかってしまい、途中で暗くなってしまったからである。
12時55分、JR上松駅で下車。
予約していたタクシーで登山口である砂防公園まで行き、ゲートを越えて敬神小屋まで10分ぐらい歩く。(後で解かったのですが敬神小屋まで車で入れるみたいです。)
この小屋が、3合目でここから5合目まで無雪期で約2時間の行程が本日の行動予定である。
荷物も重く感じられるし、登りの傾斜も結構急であり、半合登るのに40〜50分もかかった。
途中から雪も出てきて、あまり踏み跡も無い。
あっても消えかかっている。
ふうふう言いながら4合目半を過ぎたあたりから、少しずつ暗くなってきた。
途中でヘッドランプを出し、5時過ぎに5合目の標識のところに到着したが小屋の位置が解からない。
地図で確認しょうとザックを下ろし、頭を上げると、一瞬であるが小屋の屋根のようなものが照らし出された。
「あった!」思わず叫ばずにはおられなかった。
少し前からアイゼンをはめて通過してもおかしくないところもあり、アイゼンを出す必要性も感じ始めていたからである。
小屋の中には誰もおらず、今夜は我々2人だけのようである。
小屋に入る前に、水用の雪を取り、5時30分過ぎに畳敷きの小屋に入ることができた。
ところが、これが寒い、寒い。
羽毛服を着込んでその上にアウターを着ていても寒い。
ゾウ足(テントシューズ:羽毛製)を履いていても足が冷たい。
小屋にあった毛布を座布団のように敷いて、やっとゆとりがでてきた。
寝るときには、布団を敷き、更にその上に毛布を重ね、寝袋だして眠りについた。
翌朝、5時30分過ぎに起床。
そそくさと朝食を取り、7時10分過ぎにアイゼンをつけ、行動を開始した。
昨日の疲れが残っており、行動が遅れたのだ。
今日のコースは、木曽駒ケ岳の山頂まで無雪期で5時間の行程である。
13時から遅くとも14時には帰途に着かなければならないので、時間的な余裕があまり無い。
にもかかわらず、トレースがほとんどなく、登るピッチは上がらない。
半合登るのに40分ぐらい、7合目からは半合登るのに1時間もかかってしまった。
8合目のピークに着いたのが12時過ぎである。
ここから木曽前岳を越え木曽駒ケ岳まで早く行けても3時間半。
とても行って小屋まで戻ることはできない。
今回の山行は、此処までで、終了とし撤退することにした。
金懸小屋まで2時間半ぐらいで戻る。
小屋の壁には、別のパーティーのストックとアイゼン、スコップが掛けてある。
別のパーティーが来ているのだ。
この時の3人組みのパーティーがホームページの掲示板に書き込みを入れてくれていた愛知山岳会のAさんのパーティーである。
夜、Aさんたちのパーティーと情報交換をしたり、話し合ったりした。
話し合った要旨というのは次のような事である。
最近、冬山に入る登山者が激減しており、各コースにはトレースがなく、ひとつのパーティーではとても山頂まで到達できない事が多いということだ。
それでAさん達は、他の山岳会や冬山に登れる人達に呼びかけて、同じ山域、できれば同じ山を目指して登ろうと呼びかけているといいます。
今までも都道府県の山岳会(岳連・労山等)県連段階では傘下の各山岳会が冬山に入るときには計画段階で届出し、どの山岳会がどのルートを登っているのか、お互いに情報を共有しようという考え方はあったが、Aさん達の言うように一つの山域や山を攻めようという発想は聞いたことが無かった。
これまでは、学生の山岳部の活動は盛んであったが、現状では学生山岳部は見かけることも少なくなったということを感じさせられています。
また、過去には、社会人の山岳会の活動も盛んであったが、現在の社会人山岳会というと30〜40歳代の中堅層の経験者がほとんどいなく、60歳代の経験者しか雪山の登らなくなっているのだと実感を深めました。
確かに、私自身もここ数年の体験からしても、雪山に行くとあまりトレースがなく、「こんな初心者的コースでも人が入っていないのか」と思っていたところでもあり、事情が許しさえすれば大いに賛同したいところでもあります。
他にも、いろいろと会の内部のことも話しておられましたが、あまり無責任に深入りはしませんでしたが、ただ、どの会も同じような問題で悩んでいるんだな、ということを感じました。
翌日は、7時過ぎに起床し、9時頃には出発しました。
初日に4時間ぐらいもかかった登りも、降りは敬神小屋まで約1時間半で下りてきました。小屋のおじさんにお茶をご馳走になり、タクシーを呼んで早々に帰阪しました。